※掲載の文章は、第15回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際の講評を採録・再構成したものです。
第15回せんがわ劇場演劇コンクール【講評】よた『曖昧な朝、海に向かって』


【徳永 京子】
若い男性の引っ越しから話が始まりますが、小さな部屋から大きな世界を捉えようとしている作品だと私は受け止めました。部屋の外にあるものが何かというと「時間の流れ」。世の中がどんどん流れていってしまうことに抗(あらが)いたい、大切なことを忘れたくないという気持ちを、自分の中にどう刻みつけていくか。そのことを、他の登場人物を含め、言葉や動きで表現した作品なのだろうと。
言葉に関して言えば、悲しいことを悲しそうに言わない、むしろ明るく言うことに、皆さんの若さというか、2025年に20代の方たちがどう生きていくか、生きざるを得ないのかという姿勢を感じました。
言葉以外では、蝶番でつながれた木枠のセットは、街並みにも見えるし部屋にも見えて、使い方に工夫がありました。
ただ、登場人物たちの抗いの刻み方や感情の質が、工夫はしてあるのだけれども均等に見えてしまいました。例えば、1人でいる時に感じる寂しさと、誰かといる時に感じる寂しさが同じに感じられてしまって、そこが残念でした。同じセリフであっても、発話の仕方や会話している時のお互いの距離感で、もう少しこまやかなものが伝わってくると思います。
【小笠原 響】
まだ立ち上がったばかりの若い集団ということもあって、新鮮さ、潔さといった、すがすがしいものを感じました。
街の人物や風景などから題材を拾って構成された脚本には、建て替えが進む街路や商店などが生き生きと描かれ、作者のナイーブな視線を感じました。音楽や映像、小道具なども印象的に散りばめられ、コラージュしていく手法が面白いと思いました。
舞台がテンポよく進行していくことは大事ですが、テンポが変わらないことでやや冗長に感じるところもありました。劇場空間がキュッと引き締まるような瞬間や間など、ドラマに緩急をつけて波が作れると、作品のどこをピックアップして見ていけばいいのか観客に明確に伝わったかもしれません。
自動車を運転するシーンで鍋の蓋をハンドルに見立てたり、台所用ワゴンの隅にバックミラーをつけていたり、小道具の工夫も面白かったですが、それが車であることの説明で終わってしまったところがもったいなかったです。断片的ないくつかの要素が絡み合って、単独では見えなかった新たな意味や世界(現実、真実、心情など)が観客の心に鮮明に浮かび上がってくるような作品を、今後も期待します。
【生田 みゆき】
「忘れる」ということについて、客席の全員が少しずつ分かるという状況を積み重ねて、最後のモノローグは音楽の力も相まり、感動的な胸の震えを抱えながら観ていたのですが、全体的にちょっと変化に乏しいのがもったいないと思いました。
演出面では、「日常のさりげない会話」と「言葉が何度も何度も繰り返されるような人工的な言語」の2パターンの差が大きければ大きいほど何かイメージが広がったと思います。音楽はその差がうまく使われていましたが、俳優の喋り方の変化や「間」の使い方が一定かなと思いました。
また、動きに関しても、日常と違うことをする繰り返しの違和感のなかで、ずっと女性が後ろ向きに進んでいくところは印象には残りましたが、例えば日常には実際に流れない音楽が乗っかってきた時には、非日常の身体性がもっと舞台上に繰り広げられても良かったのではないかと思いました。
【松尾 貴史】
すごくフレッシュに、新鮮な気持ちで拝見しました。皆さん仰っているような、語り口、発声、抑揚が一定で、そのバリエーションがあまり感じられなかったことについて、一つの意図としてなさっているのだとしたら、もう少し変化を見せる事もありだと思いました。
恐らく、これは台本を書かれた上村陽太郎さんの脳の中にある色んなものを色んな人に振り分けて、ディスカッションをさせたり、意思を伝えたりしたのじゃないかなと想像をしています。その中で何かが伝わったり心が動いたりしたところ(例えば、僕が見ていて一番印象的だったのは、合鍵を渡すシーンはすごく甘酸っぱく、僕にもこんなことがあったらいいのになという場面でキューンとしました)があったときに、収斂(しゅうれん)するか、破綻するのか。「起承転結」の中で、僕の中では「起承、承、承」と続いたような感じがしました。
でももちろんアートとしてはそういう形もありうるので、何が正解かということではないんですが、見ている方にもう少し近づいてくれたら。そういう信号を投げかけてヒントをもらえると、さらに良かったと思いました。
【山田 由梨】
まずこの若さでここまで来て、ファイナルまで残って、照明も使って美術も作ってきて、上演をしているという事がすごいです。私も20歳で自分の劇団を始めたのですが、その時のことを思い出して、ここまでの作品を作っていること自体がすごいなと思いました。
扱っている題材は、1日の中で無数に起きる他愛もないようなことで、それを美しく感じられたり、感動したり、新鮮に感じられたりする。そういうことを全部忘れていくのが無性に寂しくなることは、私も見覚えがあるし、きっとお客さんの中に身に覚えがある人がたくさんいたと思います。すごく普遍性のある題材を扱っていて、素晴らしいなと思いました。
しかし、普遍性のある題材を扱う時に、そこにオリジナリティや上村さんにしか感じられないことを言葉に乗せていかなければいけません。そこが少し弱かったです。「わかる」で終わってしまうのではなく、その先にこんな感情があるんだというところまで感じさせて欲しかったので、そこが惜しいところだったと思いました。
演出に関しては、二次審査の時に映像を見た時にも思ったのですが、空間の使い方にセンスがあると思います。木枠を作ってくるところなどが面白かったです。一方で、その木枠が「これにも見える、あれにも見える」と、もう少し具体的に何かに見えたかった。そこが抽象的なままで終わってしまっていたのが勿体なかったと思いました。よたのこれからに期待しています。
