※掲載の文章は、第13回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際の講評を採録・再構成したものです。
劇団野らぼう『ロレンスの雲』講評
【永滝陽子】
野らぼうさん、お疲れさまでした。演劇の最大の魅力、武器は、観客を虚構の世界に連れて行ってくれるということ。これを口で言うのは簡単なんですけど、野らぼうさんの今回の『ロレンスの雲』は、有無を言わせず虚構の世界に観客を連れて行ってくれた。すごいパワーを感じました。
それには、演出も劇作も、俳優の身体能力や発声、いろんなものが作用してると思うのですが、特に印象的だったのは、(野らぼうさんは)普段は野外での演劇をメインにやっていらっしゃるのに、観劇しながら、私はすごく「劇場の魅力」を感じてしまったことなんです。
そこそこ長いことお芝居を観てきて、自分の中で劇場という環境にも慣れてしまった感があるなかで、それでもやはり劇場でお芝居見るのっていいなと思わせてくれた。それだけ、野らぼうさんの今回の芝居では、劇場の闇とか閉鎖されてる空間とか、野外にはないものを、とてもうまく取り入れて上演を完成させたんじゃないかと思います。
私自身は、宣伝の仕事を生業にしていますので、普段からお芝居を観ている方よりも、お芝居をまだあまり観たことがない方にどうやって足を運んでもらうか?ということを常に考えているんですが、野らぼうさんは、美術・衣装・古典を題材にすること・小道具・人形、そして環境にすごく配慮していらっしゃること、実にさまざまなフックをお持ちです。これは宣伝をしていくときに話題作りにもなり、演劇を知らなくても、どれかに興味がある人に野らぼうさんの存在を伝えられる、これはすごい武器だと思います。そうした意味でも素晴らしいなと感じました。
【徳永京子】
前説をなさったのは前田(斜め)さんですか? 観客を作品世界に取り込む巧みな前説でした。でも、人懐こい口調から、滑走路を緩やかに一緒に進んでいく感じかなと思ったら違って、いきなりジェット気流に放り込まれ、一気に遠いところに連れて行かれたんですけど(笑)。
というのは、最初にふたりの俳優さんがおかしな乗り物に乗って登場してきた時に一瞬で「この人たちは、私が生きているのとは別の次元でずっと生きてきた人だ」という、見た目の現実感のなさをひっくり返して“確かに存在する”という強い説得力を感じたんです。この人たちは今日まで一日ずつちゃんと生きていて、そして40分の上演が終わった後もずっと生きていくんだという生命力にあふれていて、圧倒されました。
そういったワイルドさを思いきりぶつけてくる一方で、虫の音を静かに聞かせる時間があったり、その繊細な配慮が憎らしい。普段は野外で上演されているとのことですが、野外劇をただ屋内の劇場に持ち込んだのではなく、野外と劇場それぞれで公演することのメリット、デメリットをきちんと把握して、自分たちが劇場でやるとき、何をどうしたら普段の自分たちがやっていることを魅力的にお客さんに伝えられるのかを、かなり緻密にいろいろな形で考えられた上演だったと思います。存分に楽しませていただきました。
【井手茂太】
私も前説からぐっと心を掴まれてしまいました。目を閉じて、開いたときにはもうジェットコースターに乗っているみたいな感じで、どんどん始まっていった。
美術とか、着飾らない。あるもので(やる)ということと、オペ(レーション)を舞台上でやるのがすごく私は大好きで、今、ジャスト、ここでやってるんだ、生なんだというのをビシビシ感じました。
おまけに、音のセンスがいいですね。音楽はオリジナルですか?(会場から「既存の曲を使っています」の声)そうですか。でもオリジナルだと思っているんですけど(会場笑)音のセンス、音の使い方がすごくうまいですね。お芝居やってる人は、音楽の使い方がちょっとダサいというと失礼ですが、ちょっと、というのがあるんですけど、音のチョイスがすごくうまいなと思いました。
モバイルの照明もちゃんと工夫していましたが、僕、逆に昼間見てみたいなとちょっと思いました。あえて昼間の公演というのもいいんじゃないかなとか。昼間は表情も見えるし、衣装にソーラーチップか何かをつけて電力を集めて、夜はその集めた電力で芝居やりますとか。それで2本立てにすれば絶対いい営業になるかなと思って。それ、私個人的に何か手伝いに行きたいですね。なんだったら動きを作らせてもらえれば。以上です。ありがとうございました。
【大石将弘】
素晴らしかったと思います。空間、音、光、俳優の体や声、隅々まで演出が行き届いていて、力強いものが立ち上がっていたと感じました。野らぼうさんの中に、多分独特の様式とか文体、テンポがあって、それがお客さんにも心地よく常に響いていたように思います。
ここのモシャモシャにはける(※)ときに、みんな必ず一礼してはけるのがいいですよね。それがなんだかはわからないけどいいなと思いました。
戯曲を読んだとき、これはロミジュリなんだろうかと思いながら読んだんですが、上演を見て、そういう話なのかと。受け取るものがたくさんありました。
一番思わされたのはロレンスみたいなおじさんにはならないぞということです。過去の、あったかもしれないがあったのかどうかわからない恋愛、あるいはフィクション上の恋愛にすがりつくというか諦められないというか、ああいう、よく言えばロマンチストだけど、ある種有害な男性にはならないように、と思いました。
好きなセリフは「力一杯佇んでいます。佇んでいるだけですが、力一杯です」でした。ありがとうございます。
※はける…舞台上から退場すること
【瀬戸山美咲】
とっても面白かったです。皆さんおっしゃってますが、前説がすごく面白かったですし、スタッフが舞台上にいて、常にこれは虚構なんだと示しているから面白いんだなと思いました。いきなりフルスロットルで、飛行機から始まっていたらちょっと引いちゃうかもしれないけど、現実と虚構があるんだよと見せてくれるのがよかったです。
多分これまで野外でいろんな外からの音や光や温度と対峙しながら一緒に芝居をしてきたからで、作品外の情報がいっぱいあるからこそ逆に集中できる、みたいな部分がある。すごくそこが上手いなと思いました。
あと、全体的に音楽も明かりも道具も人形も素晴らしかったですし、俳優さんの声がすごくパワフルで聞き取りやすくて素晴らしかったです。
モバイルバッテリーを使うというのも、私はすごく楽しくて。命が絶えるときに人形の電気が消えたり、プラグの抜き差しも頻繁にしていたり、電気が愛や命を示しているというイメージを、勝手かもしれないけど受け取りました。
戯曲もすごく面白くて、雲や愛や時間のような、つかめなかったり見えなかったりするものを求めているロレンス、しかも時間に至っては「食べる」というロレンスがいて、そこに乳母が実体のある大根を持ってくる。しかも乳母は自分の力で大根の形さえ変えられちゃう、とすごくしっかり対照的に描かれている。
まずロミジュリのロレンスと乳母が一緒に生き続けているというだけでもすごく楽しい。だけどこの二人が、生き残ってしまったロミオとジュリエットでもあるんだなとだんだん見えてきて、そして最後に、ジュリエットと乳母がロレンスに向かって「そんなこと忘れちまったよ!」という一つのセリフを二人で割って喋ったとき、両者がバチっと重なった。
私は先入観を抱かないように、基本的に戯曲を読まずに観て、観た後に戯曲を確認していたんですけども、これは分析しがいのある素晴らしい戯曲だと感じました。ありがとうございました。