【劇評】劇団不労社『サイキック・サイファー』 第15回せんがわ劇場演劇コンクール オーディエンス賞受賞公演
わたしの現在地はマイノリティ?それともマジョリティ?
第15回せんがわ劇場演劇コンクール オーディエンス賞受賞公演
劇団不労社『サイキック・サイファー』劇評
ヒグチアイ
Q.社会的弱者とは一般的にどういう人ですか?
A.「障害者・高齢者・女性・子どものこと。また,低所得者層・不熟練労働者・零細な農漁民など,経済的な富や環境汚染の不公平な分配の悪影響を受けやすい人々のこと」(平凡社『マイペディア』)。
驚いた。知らないうちにしっかり社会的弱者に含まれていた。高いところのものが取れないとか、2Lのお茶を2本買って帰るときぐらいにしか弱者だな〜と思わなかったのに(正確には「いや誰にでも取れる高さにしておけよ!」とかいう暴言も含まれているのだけど)、生まれてこのかた、わたしは社会的弱者に含まれているということだった。女性というだけで。
それと同時に、生きづらいな、は常に隣に存在していたように思う。同じグループの友だちたちが笑い転げている間、とうの昔に笑いが落ち着いてしまっているわたしはなんとかふんぞり返ってお腹をねじって笑うふりをした。別の日のわたしは話題を変えるのが下手で、味のしなくなったガムを噛み続けるように、とうとう2時間同じ話をした。その相手は後日裏で「ヒグチさんは変な人だった」と話していたと聞いた。
その度に、もう1人でいいや、と思うのになぜ1人でいられないのだろう。なぜ1人は淋しいのだろう。
1人でいることは好きだ。でも帰る家があって、待っている人がいて成立する1人だ。犬の散歩のとき、あれは犬が自由にされすぎだろう、と思うぐらい伸びるリード、あれに繋がれているぐらいが好きだ。結局、誰かが持っていてくれている手綱があるから自由のふりができるのだ。誰か、というのは、恋人でも家族でもいいし、社会でもいい。
『サイキック・サイファー』の話をしよう。ヒップホップに全く明るくないわたしがヒップホップを聴くタイミングは人からのおすすめでしかない。
力士の知り合いからはAK-69。NIKEのエアフォース1しか履かない知り合いからはTHA BLUE HARB。最近始めたユニットの相方がやっていたバンドはMOROHA。それぞれがそれぞれの信念を持っている。わたしは聞くたびにいつも無理やり奮い立たされて足はガクガクになった。ラッパーの信念は凶器に変貌することを知った。そしてその凶器はとても魅力的だ。子どもの頃お土産屋で男子たちが強請っていた金属の刀のキーホルダーのように。
有栖や卯佐木がのめり込んでいく陰謀論やメタバースの世界には、本当や嘘や誇張や妄想が含まれている。複数の他者と会って話していれば、自分と他者を比べて、世の中の〝普通〟が見えてくる。根尾店長が度々口にしていた「普通が一番ですからね」という言葉。そうです、普通が一番〝都合が良い〟ですからね。孤独であるとその普通の軸がずれていく。普通の枠から無意識にはみ出したときに指摘してくれる人がいれば、世の中の真ん中がわかってくる。そして選択ができるようになる。孤独を友達にしていた有栖と卯佐木は互いに呼応し合っていく。コミュニケーションを取り始める。なぜ、二人は普通を通り越してしまったのだろう。
有栖は普通を手にしていたし、普通ができる人間に見えた。だから、はみ出す選択をして、卯佐木を言葉で支配しようとしたように見えた。言ったことを信じてもらえて嬉しかった、自分にも力があるんだと感じられた、と。
信念は凶器になる。自分を守るし、相手を傷つける。有栖は誰かに自分の存在を信じて欲しかったのではないだろうか。
わたしはヒグチアイというシンガーソングライターで、少しだけ知ってもらっている曲たちがある。だから、この文章を書かせてもらっているのである。わたしが何者でもないただの36歳女性だったらどうだろう。この言葉たちを読んでくれる人はいただろうか。最初から辞書の引用をしているこの文章を。
信じてほしい。わたしの存在を。心霊写真に線を書き入れるように、わたしの存在を信じてほしい。ここに生きていることを知ってほしい。有栖と同じように、わたしの存在に意味があるのだと、いつだって感じていたい。存在しているだけで意味があるのだと。社会的弱者のわたしでも。
あと、音楽がずっと最高でした。すぐに調べてしまいました。in the blue shirt。重たい音の中にずっと遊び心があるような。特にラストの松ヤニで手がくっついた瞬間流れる音楽。なんて多幸感なの!大好きになりました。
そういう話で言えば、ラップうますぎ。テントの使い回し多すぎ(すごい)。韻踏みすぎ(すごい)。エンタメカルチャー用語多すぎ(すごい)。どんだけ頭柔らかいんですか?脚本書いてる時もしや踊ってました?くうう、こんなにたくさんキャッチーな言葉が出てくるなんて!いいなあいいなあ。単純に本当に本当に面白かったです。今までに観たことのない演劇で、新しいものがこの世に生まれてること、それを目撃できたことに感動しました。うれピポでした。
演劇は、気付けば終わってしまっていることが多い。今回も、この文章を読んで、見てみたいなって思った人の気持ちは宙ぶらりんになってしまう。なので再演お願いします。わたしは絶対、また観に行きます。
※「サイキック・サイファー」あらすじ
結婚するものと思い込んでいた交際相手に去られた有栖は、コンビニでアルバイトを始めるが、あまりの失意から、接客の挨拶すらできなくなってしまう。しかし、独特の言語感覚を持つバイトリーダーの卯佐木に誘われて出かけたメタバース上でヒップホップに出会い、みるみるうちにラップスキルを身に付ける。自己表現と自己解放に目覚めた有栖だったが、高揚感に引きずられ、やがて陰謀論に取り込まれていく──。
(2026.7.26公開)
ヒグチアイ
平成元年生まれのシンガーソングライター。
2歳のころからクラシックピアノを習い、その後ヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなどを経験、様々な音楽に触れる。18歳より鍵盤弾き語りをメインとして活動を開始。
2016年、1st ALBUM『百六十度』でメジャーデビュー。
圧倒的な説得力を持って迫るアルトヴォイスとピアノの旋律、本質的な音楽性の高さが業界内外から高い評価を受け「FUJI ROCK FESTIVAL」など大型フェスへの出演も果たす。
2022年、TVアニメ「進撃の巨人」The Final Season Part2のエンディングとして書き下ろした『悪魔の子』が大きな反響を呼び、世界中のチャートを席巻した。
更に、近年は作家活動も行い、香取慎吾・のん・青山吉能・ChroNoiRといったアーティストへの楽曲提供や、アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の主題歌含む多数曲の作詞を’樋口愛’名義で手掛けるなど、そのソングライティング力にも注目が集まっている。
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