調布の“場”レポート⑥ ツォモリリ文庫
仙川の松原通り、安藤忠雄建築の一角にギャラリー、ツォモリリ文庫はあります。
アートの展覧会、精緻なインドの手仕事や、手作り絵本などの企画もあれば、月曜日だけのカレーの日もあります。ここは一体、どのような場所なのでしょうか。じっくりとお話を伺いました。

アートディレクター・おおくにあきこさんと浜尾和徳さんにお話を聞きました
ツォモリリ文庫ってどんな場所?
(おおくに) アートや、信じがたいほど時間をかけて作られるインドの布仕事、手仕事、手作りの絵本など、新しいものとの出会いの場を目指しています。私たちのテーマは「日々のアート」。一見、アートはなくても良いものに見えるけれど、本当はなくてはならないものだと思うんです。日常生活に取り入れてほしいもの、何か一つ取り入れることで豊かになるものとの出会いを提案しています。
ちなみに「ツォモリリ」はインド、ラダックというヒマラヤに囲まれた場所の標高4500メートルにある天空の湖の名前です。そこで山羊やヤクを育て、自分たちで手織りにしてまとって暮らしている遊牧民へのリスペクトを込めています。「文庫」は、本を手に取る時や新しいページを開く時のように、ここでの手仕事やアートとの出会いが新しい扉を開くような経験になってもらえたら、という想いで名付けました。インドで作っている手仕事の洋服、ストールや小物などは常設で展示販売しつつ、アートの企画展をほぼ隔月で開催しているギャラリーです。

この場所を開くきっかけ
(浜尾) インドの手仕事を扱い始めたのは2010年。初めの頃は仙川にあるniwa-coyaさんなど、カフェやイベントでポップアップ展示をしてきました。扱う品数が増え、拠点を持つことでより多くの方々と繋がれるという思いから、場所を探していました。ここで2018年にオープンし、2025年7月で8年目を迎えます。
もともと私たちは、NPO法人ウォールアートプロジェクトとして2010年からインドの学校を舞台にした壁画の芸術祭、「ウォールアートフェスティバル(以下、WAF)」を開催する活動からスタートしました。
これまでにインド東部ブッダガヤ、西部ワルリ族の村、北部ラダックという3か所でプロジェクトを実施してきました。ブッダガヤは、インドの中でも貧困率が高いビハール州にあります。地元の村人が寄付を募り運営していた学校があり、そこを訪れた日本人の大学生が仲間を集め、バイト代で校舎の建設費を寄付したんです。その大学生の友人であった私とおおくにで「持続的な支援」とは何かを考え初めました。お金やモノが支援として必要とされるフェーズの必要性は感じるものの、一般人である私たちの立場で続けて行くことは難しい。また、地元の人が受け身になってしまう可能性もあります。私たちにできるのは、一緒に学びあいながら、共に成長していけるようなプロジェクトなのでは。壁があればどこでも壁画を描けて、その場所を発信する芸術祭ができるよね、とWAFが始まりました。
(おおくに) アートの力には様々な側面があると思います。インドにおいては、カースト制度の名残もあり、それが起因となって経済的、教育的な格差が生まれています。ですが、壁画を目の前にした時には、カーストや経済的な格差は関係なく、一人の人間としてアートと向き合うことになります。その時、どんな形であれ誰にでも心の動きが起きます。そういう平等性がアートの力の一つ。カースト制では、子どもが「自分はこの家族に生まれているから、この職業をすることになるだろう」と未来を思うこともあります。そういう子に向けてアーティストが創造するプロセスをつぶさに見せることで、もっと世界は自由であってもいいんだよ、と伝えたいです。枠を壊す自由さもアートの力だと思います。
(浜尾) WAFを見に来た学校に通っていなかった女の子が、自分の家の壁に描いた絵を見せてくれたことがあったんです。土の壁に小麦粉の粉を使って描いたものです。お母さんに話を聞くと、「ある日、絵を描きたいって言われて。WAFで学校に描かれた絵に触発されたんだと思います。描きたいなら描きなさい、ってやらせました」とのこと。まさか家の壁に描いちゃう子が現れるとは思っていなくて、嬉しい驚きでした。
アートと対面している時間は、心の刺激で、栄養にもなります。心を耕し豊かにする瞬間の数々をウォールアートプロジェクトの活動で目の当たりにしてきました。ツォモリリ文庫の展示でも、そういう瞬間を生み出そうとしています。


運営について
(浜尾) ツォモリリ文庫の収益はウォールアートプロジェクトの運営に充てられています。芸術祭には複数のアーティストを招へいします。当然、謝礼、交通費、宿泊費、材料費などがかかります。助成金に申請し、採択されることもありますが、不安定ですし、十分な金額にはなりません。自己資金源を確保するために「ツォモリリ」を立ち上げ、時を経て「ツォモリリ文庫」という形になりました。インドで手仕事を続けている工房を訪ね歩き、伝統的な手法と、日本で受け入れられるスタイルや色を融合し、おおくにがデザインしています。現地の工房で生産し、輸入、販売しています。

どんな人が来る?これから利用してほしい人は?
(おおくに) アートの展示を見に来る方、ヨーガやカンタなどのサークルやワークショップに参加する方、インド産の素材を使った着心地のいい洋服を探しに来る方、カフェスペースでお茶をしながら、手作り絵本をご覧になる方など目的は様々です。カフェでは、季節に応じたフルーツなどを使ったスイーツを提供していて、月曜日はベジタブルカレープレートも召し上がっていただけます。アートに囲まれた空間でゆっくり過ごしていただけるのは、ツォモリリ文庫ならではだと思います。

これからどんなことがしてみたい?
(おおくに) 「生きるのに大切なこと」をキーワードに、少しずつツォモリリ文庫に集まってくださる方が増えてきていて。それがまた別の人に伝わり・・・とつながりが広がっているのを感じます。ここを拠点に、点と点をつなぐように、いろんな方とつながっていきたいな、と思っています。このテンジシツプロジェクトと向いている方向は同じですね。
たとえば、昨年開催したベビーシアター。小さな赤ちゃんを持つお母さんたちにむけたシアターです。子育てに懸命で孤立しがちなお母さんが繋がっていくような場を作れたらいいなと。子どもは未来に繋げてくれる存在なので、大切にしていきたい企画です。
また、2024年の夏に、NPO法人ウォールアートプロジェクト主催で、「フォレストアートフェスティバル in ラダック2024」を開催しました。日本から5人、インドから1組のアーティストを、北インド、ヒマラヤに抱かれるラダックに招へいして現地の人々を巻き込みながら、その地にふさわしい地上絵や流木の彫刻作品などを公開制作してもらいました。まず、2023年に、ラダックのチベット仏教のお坊さんたちの協力のもと、6100本の柳の木の苗木を植樹したのですが、これは、この苗木が森になっていく様子を見守るための芸術祭です。「My Tree プログラム」と言って、一口5000円で自分の木を持ってもらう仕組みを作り、苗木を補植し、世話をしてくれているお坊さんへの謝礼に充てて維持しています。
「フォレストアートフェスティバルin ラダック」のドキュメンタリー映像はこちらです。
https://youtu.be/RqR8e9GE3-I
(浜尾) 「木々は今年の春も新しい芽を元気に出している」と世話をしてくれているジャムヤングさんというお坊さんから知らせが入りました。2026年5月に今度は、実のなる木の苗木を補植し、アートワークショップも開催するというアートプロジェクトをスタートする予定です。
そのほかどんな活動をされていますか?
(浜尾) 私の出身が福島県なんです。東日本大震災があった時、ブッダガヤの村にいて、村に1台しかないテレビで、被災の様子が流れ続け、村のみんなが「おかず(※浜尾さんのこと)の地元が大変なことになってる!」と教えてくれました。学校の子どもたちが何かしたいと、募金活動をしてくれたんです。チャイが1杯10ルピー(18円くらい)で飲めるような地域なんですが、みんな20ルピー、100ルピーと出してくれて、総額7000円ぐらいになりました。その7000円をどこかに寄付することもできたのですが、私たちができることは何だろうと思いました。
そこで、福島の避難所でインドからもらったメッセージを伝えることはできませんかとお話ししたんです。それがきっかけで、アーティストの淺井裕介さんや遠藤一郎さん、髙須賀千江子さんに来てもらい、「ウォールアートフェスティバル in Fukushima 2011」を開催しました。そこからインドと日本、インドと福島を繋げたいなという思いが生まれ、縁が重なり、猪苗代町とつながりました。猪苗代では、2018年からWAFを開催してきて、6年間、私たちがアートディレクションを担いました。今は猪苗代の実行委員の皆さんが独自に企画、運営しています。
調布のおすすめスポット
(浜尾) まっさきに思い浮かぶのはniwa-coyaさんです。しらべの蔵さんや、国領のFarm Koyamaさんも面白い取り組みをしていらっしゃいます。おいしい野菜や果実など、農が充実しているのが調布の魅力ですね。オステリア ジュリエッタさん、空彩(そらいろ)さん、ブラッチェリア・カクタスさんなどなど・・・仙川には地域の食材を取り入れているおいしいお店もたくさんありますね。
オープン情報・アクセス
営業時間:12:00~18:00 ※ランチは月曜日のみ
定休日:火、水、木曜日
住所:〒182-0002 東京都調布市仙川町1-25ー4
ウェブサイト:http://tsomoriribunko.com/
開催情報:あんどさきこ×町田紗記 二人展「境界を飛びこえて」

絵描き・町田紗記と音楽家・あんどさきこによる音楽と絵画とアニメーションときらきらしたものの展覧会。
世界は生きたり死んだり、食べたり食べられたりしている。
僕らは壊したり作ったりうばったりして生きている。
でもときにはカラスを助けたり、アスファルトの上で死んだ動物を土に移したりする。
会期 2025年7月11日(金)〜28日(月)
OPEN 金土日月 12:00〜18:00
CLOSE 火水木
展覧会会期中のイベントなど、詳細はこちらをご覧ください。
http://tsomoriribunko.com/across_the_divide/