劇場便利帳 第2章
今回は前回に引き続き劇場を紐解いていくにあたって、劇場でよく耳にする照明・・・「舞台照明」に焦点を当てていきます。「舞台照明」とはいったい何を指すのでしょう?簡単に言えば、舞台を光と闇と色彩によって空間演出する照明技術のことです。そのための灯具・調光装置・配電設備などを含めた舞台用照明設備のことも指します。また、舞台照明に携わる人を「舞台照明家」と呼びます。(昔は仕事の内容そのままの呼び方で、「電気屋」とか「あかり屋」とも呼ばれていたそうです)
「舞台を空間演出する」なんて、あまりピンとこないかも知れませんが、よりイメージしやすいよう言い換えれば、舞台というキャンバスにまず舞台美術家がセット・・・例えば家や森などの「場所」を描き、舞台照明家がそこに情景や心理描写などの「色」や「陰影」を描き加える感じでしょうか。つまり照明家は、灯具・調光装置・配電設備という画材を使い、「陰影」と「色彩」で情景を描く・・・舞台の画家なのです!
知ってるとちょっと便利 PART6 ~光の三原則って?~
さて、舞台照明の演出技術の一つ「色彩」ですが、そもそも照明にどうやって色をつけるのでしょうか?その疑問にお答えする前に、基本となる「光」について少しお話します。
まず、電球の明かりや太陽光を思い出してください。別にどれも色はついていません。どちらかといえば、白っぽく見えます。しかし、実は色々な色が混ざってこの白っぽい光を作っているのです。
その基本となるのが、「光の三原色」です。
「三原色!知ってる知ってる、「シアン」「マゼンタ」「イエロー」ね!」・・・はい、それは色の三原色です。混同しやすいですが、「光の三原色」は、「赤」「緑」「青」です。
色と光とつく言葉が変わるだけで、同じ三原色でも全部混ぜたときに出来上がる色が違います。絵の具などでなじみが深い色の三原色は、全部混ぜれば「黒」になりますが、光の三原色は全部混ぜると「白」になります!
同じような色なのになんで?と思われるかもしれません。その問いにお答えするには、ちょっと小難しいお話になりますが・・・少しだけご説明しましょう。
上の図が、それぞれの三原色を表したものです。
光の三原色は発光により見える色です。発光・・・つまり光なので、混ぜれば混ぜるほど(増やせば増やすほど)明るくなり白に近づいていく混色方法で、これは加法混色と呼ばれています。
次に、色の三原色は光が当たり反射して見える色です。これは絵の具でもおなじみですが、混ざると暗くなり黒に近づいていく混色方法で、減法混色と呼ばれています。(話はそれますが、皆さんは絵の具を混ぜて黒色になったことはありますか?実際には濃い茶色が精一杯ですよね。印刷などでは黒色を加えて安定させているそうです!)
三原色について解説を始めると、「そもそも三原色はなぜこの色なのか?」ですとか、波長が・・・色数値が・・・と、どんどん話が劇場から離れてしまいますので、このくらいにしておきましょう。
兎にも角にも、舞台照明は光の三原色を基本に様々な色を創り出しているのです。
では、結局のところ光に色を付けるにはどうすれば良いのでしょうか?
それには、「カラーフィルター」というものを使います。
知ってるとちょっと便利 PART7 ~照明に色を付けるカラーフィルターって?~
工作でよく使われるセロファンに似ていますが、プラスチック製でセロファンよりもずっとしっかりしていて、舞台照明の熱にも耐えられるように作られています。
これをいろんな器材の大きさに合わせて切って枠に入れ、照明器具に付けることで、光がこのカラーフィルターを通して色がついているように見えるのです。 ほとんどすべての色がカラーフィルターで網羅されていますが、わかりやすいようにそれぞれ色番号という番号が振られています。
このカラーフィルター、照明家にとってキャンバスに情景を描くための絵の具にあたるのですが、ちょっと厄介なことがあります。
まず一つは、劣化してしまうので長期公演の際は何度か交換する必要があるということです。基本的に繰り返して使うことができますが、舞台照明器具はとても高温になるので、熱でだんだん色が劣化(これを「色が飛ぶ」といいます)したり、穴が開いてしまいます。こうなると交換しなくてはなりません。
海外や日本のカラーフィルターメーカーの見本帳
種類がいっぱいあるので、初めての色を使うときはドキドキします。
色が飛んだカラーフィルター
熱の集まる真ん中から黄色く変色していき、最後には穴が開いてしまいます。
次に、いろいろな色が欲しければ欲しいほど準備が大変ということです。
好きな色を混ぜて作るのは絵の具と変わらないのですが、一つの照明器具に入れられる色は一色だけ。いろんな色が欲しいとなると、その色の数だけ照明器具が必要になり、たくさん準備しなくてはなりません。
最後に、同じカラーフィルターを使っても、使用する照明家の経験や知識によって、同じ色が出せるとは限らないということです。
カラーフィルターは光を透過して使用するので、明るさ、暗さで色合いが全く違って見えます。厳密にいえば当てる角度によっても全く違ってきます。照明家はそれぞれの経験と知識を駆使して自分の描きたい情景に合ったカラーフィルターを選定していきます。そのため、「○○というメーカーの何番がいい」など、照明家それぞれに自分のお気に入りの色がありますし、「この色とこの色を混ぜるときれい」だとか、秘伝とまではいきませんが十八番の色もあります。
このように、ちょっと手間や技がいりますが、照明家同士で一緒に仕事をしていると、デザイン図面(どこにどの照明器具を準備するか等が示された図)に記載されている色番号を見ただけで、「~さんは○○番の青色が好きだよね~」とか、「~さんっぽい赤だな~」なんて個性が見えて面白いですよ!
知ってるとちょっと便利 PART8 ~舞台で使われる照明器具~
次に、照明機材について触れたいと思います。
舞台というキャンバスに描くのに、カラーフィルターが絵の具なら、照明機材は絵筆といったところでしょうか。絵筆と同じように用途だってちゃんと使い分けられているんですよ!
「いつか舞台で、スポットライトを浴びてみたい!」なんて・・・舞台照明機材といえば「スポットライト」という言葉を耳にされたことがありませんか?スポットライトというのは舞台照明機材の名称で、よく使われています。
くすのきホールにあるスポットライトを中心にご紹介していきましょう。
フレネルレンズスポットライト
レンズにギザギザが入っています。このギザギザで光を拡散させてやわらかい輪郭を作ります。空間を明るくする平凸レンズスポットライトに比べて、「この辺り(エリア)をふんわり明るくしてほしい」と言われたときなどに使います。
平凸レンズスポットライト
レンズが中心に向かって盛り上がっています。輪郭がはっきりとしているため、「ここにスポットが欲しい」と言われた時など、まさに「スポット的(部分的)」に光を出したいときに使ったりします。
フレネルレンズ(左側)と平凸レンズ(右側)の違い
以上2種類のスポットライトが、照明機器で一番スタンダードに使用されるものです。
レンズの種類で使用用途が違いますが、レンズがある器材は光の大きさもある程度調整することができます。
機材の重さは10㎏程度ですが、このレンズだけで大体5㎏以上あるので、機器の重さのおよそ半分がこのレンズの重さということになります。
くすのきホールでは、主にこの2種類のライトをいろんな方向から当てて、舞台にいる演者さんを明るくするだけではなく、よりきれいに映るように、時には色を使ったりして明かりを作っています。
催し物によって照明の当て方も、当てたい対象も変わりますので、内容によってスポットライト1台1台の大きさを合わせたり向きを合わせたりする作業が毎回必要です。
その数は100台以上・・・この作業を当日担当する照明スタッフが行うので、どうしても本番までに仕込み(準備)のお時間をいただくことになります。
続いてここからは、「ちょっと演出的に凝った照明を出したいな」という時に使える照明機器です。
パーライト
コンサートなどで細い光の筋がカッコよく一直線に伸びているのを見たことはありませんか?
そんな時に使われているのがこのパーライトです。
ノンレンズスポットライトといって、レンズと電球が一体型となっており、一方向に光を集めて出すので強い光をを出すのに向いています。
この強い光を、劇場いっぱいスモークを焚いて、スモークに反射させることによってまるでビームのような効果を出すことができます。
スモークがなくてもこの強い光を利用して、当たった人物もくっきり見せることができます。
レンズと電球が一体になっているので光の大きさは変えられませんが、電球そのものを入れ替えることでビームの太さは変えられます。
ちなみにですが、丸い円筒状のものに電球が入っているだけの単純な構造なので、とっても軽いです。
パーライトのビ―ム
煙を充満させた中に、光の筋がきれいに見えます。
このビームをクロスさせたり、色で配列を変えたりして、照明家は魅せる明かりを作ります。
エリプソイダルスポットライト
ちょっと舌を噛みそうな名前ですが、略して「エリスポ」と呼ばれています。
レンズが2枚入っているので、ピントを合わせて輪郭をはっきりクッキリ出すことができます。
上下左右に4枚の羽根が付いていて、四角にエリアを区切ることが出来るので、看板やパネルだけを当てたい時にこの羽根を使って、いらないところを切って当てることができます。(ちなみに照明でいらないところを当てないようにすることを「きらう」といいます)
さらに、絵や模様の入った金属やガラスの板「種板(たねいた)」を入れると・・・なんとその模様がそのまま出せまるのです。
この模様をステージの床や背景に出したりするとちょっと華やかになりますね。
たづくりには写真の「ソースフォー」と「リクリ2」というものがあります。
エントランスで行われるライトアップでもよく使用されてます!
「SEADOME CAFE」
「SEADOME CAFE」は映像と、エリプソイダルスポットのコラボレーションです。
エフェクトマシン
「マシン」というとなんだかとてつもないものを想像してしまいますよね。
雲や雨など動きのあるものを移すディスクマシンや、模様がクルクル回転するスパイラルマシンなどを専用のスポットライトに取り付けて、色々な効果(エフェクト)を出すマシンです。
このマシン・・・とにかく重い・・・しかも、ある程度高い位置に設置することが多いので、「ううっ!!」と思わず声が出る重さです。
さらに、そこに色々な大きさに対応するレンズ(先玉といいます)を取り付けるので、マシンといわれるだけあってなかなかの存在感です。
箱波(はこなみ)
さざ波のような効果を出す器材です。
舞台奥に置いてホリゾント幕に投影することが多いですが、バトンに吊って床に当てて、演者の方が海の中にいるような効果を出したり、赤い色を入れて炎のようにしたり、工夫次第で色んな効果が出せます。
ホリゾント幕に投射
ホリゾント幕をブルーに照らして、そこに箱波を当てれば海の完成です。
ちなみにこのホリゾント幕・・・日本の映画界では一番最初に使用したのは円谷英二さんだといわれています。
ドイツ語のHorizontからきている呼び方ですが、意味は「地平線」・・・なので、舞台上に海や空を演出するロマンチックな幕なんですよ!
ミラーボール
ミラーボール (mirror ball) は、小さな鏡が球形に取り付けられたもので、ディスコボール (disco ball) とも呼ばれますが、光を当てながら回転させると、部屋中に小さな光が反射します。
ミラーボールに光を当てる
ミラーボールに光を反射させる照明を、「ミラーボール当て」といいます。
このミラーボール当てがなければ、ミラーボールは自分では発光しないので、ただの丸いボールです。
ピンスポットライト
「スポットライト」と言えばやっぱりこれですね!
テレビやコンサートで見る、スターの人を中心にしてずっと追いかけているあの丸いスポットライトです。
他のライトは一回設置して合わせてしまえばそのまま固定ですが、このピンスポットライトは人が付いて操作する事によって自由自在に動かすことができます。
照明の仕事の中でも、狙った対象を当てたり、追いかけたりする・・・まるでスナイパーのような役割です。自分に合ったお手製の照準器を使って、対象に照準を合わせるところもそっくりです。
この照準器が人それぞれ工夫がされていて面白い!
バインド線(針金のようなもの)の手作りからモデルガンの照準器を改造する人もいます。
「今回すごいの作っちゃった~!」と、いい照準器が作れるとちょっと自慢したくなります。もちろん、突発的だと照準器を現場にあるもので作らなくてはならない時もあるので、ガムテープだったり、果ては自分の指だったりする時もあります。
照明家の仕事の中でも、特に緊張感と技術がいるお仕事です。
また、このピンスポットライト、本番の間は1人の人が1台のピンスポットしか操作できません。2台必要な場合は、2人必要になります。しかも、本番が始まったら絶対に持ち場を離れることはできないので、専属で人を配置しなくてはなりません。
「人を追うライトが欲しい!」と思ったら、まずは早めにご相談ください。
照準器 バインド線で作ったもの
これは、一番簡易的でスタンダードな照準器です。
ピンスポットのために現場に呼ばれている場合、使い慣れた自分の照準器を持参します。
長年愛用した照準器をうっかりなくしたりすると・・・結構落ち込みます。