※掲載の文章は、第13回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際の講評を採録・再構成したものです。
終のすみか『 S U N R I S E 』講評
【大石将弘】
お疲れ様でした。先に戯曲を拝見させてもらって、二人の会話劇としてめちゃくちゃうまく書かれた、第一印象で自分もやってみたいと思わせる戯曲でした。全然内容は違うけど鈴江俊郎さんの「ともだちが来た」を想起して、すごく好きなタイプの戯曲でした。なので見る前から、戯曲がとても良いからそのままやるだけで良い上演になりそうだなと想像していました。
でも幕が開いて開始10秒ぐらいで、想像以上のものに引き込まれました。想像していたのと全然違うソファの配置、深夜の空気感、そこに来訪してくる人間。まだ彼らの背景は語られていないのに、それぞれがそれまでの時間を過ごしていたことが二人の俳優さんから想像できて、とても良いなと思いました。
そしてすごく細かいんですけど、戯曲について。最初に読んだとき、ヒメノ(A)の「俺も大丈夫だしお前も大丈夫だよ」から始まるやり取りを、自分は言えるかな、と考えたんです。勝手に自分が演じるつもりになって。で、この次にカワムラ(B)が「うん」って続くんですけど、これをどうするんだろうなと思っていた。こんなにすぐに受け入れられるだろうかって。そこが、上演稿では修正されて「俺も大丈夫だしお前も大丈夫だよ」の後の「うん」がカットされて、その後の「そうね」も「そうかもね」になっていました。
そういう細かい、言葉に対してのセンサーというか、そのセリフを言えるか言えないかギリギリのところを狙ってる感じに、僕はとても好感を持ちました。丁寧に稽古をして作られてるなという感じでした。あと僕は個人的にヒメノ(A)が「疲れた」を言うまでの短い沈黙の時間が素晴らしかったと思いました。ありがとうございます。
【瀬戸山美咲】
戯曲がやっぱりとても面白く、よく書けてるなと思いました。ポケモンのぬいぐるみをあげる時の「あげようか、さっき猫の話してたから」みたいな、お互いに関して一方的に覚えてる部分とか、その瞬間の空気感とか、二人の距離感とか。
家にやってくる人(カワムラ・B)が俺って言ってますが、男性として書かれてるのか、自称が「俺」な人なのかはわからないんですけれど、どっちにしろこの二人の距離は、過去にもうちょっと近くなった瞬間もあったけど今は遠い感じなのかなとか、その距離感がすごく心地よくて面白かったです。無言の時間がいっぱいあったんですが、そこにいろんなものが見えてくるのは、俳優さんたちの力が大きいなと思いました。
あと、最後に朝の明かりが差し込んできて波の音が聞こえてくることで、前の前の彼女と行った海の話が最後に効いてくる、というのがとてもいいなと思いました。仕事や恋愛に疲れ果てている人たちの、ちょっとした夜明けの話だと思うんですけど、2ヶ月しか付き合わなかった恋人と行った海がそこに浮かんでくる感じが、人と交わることはささやかでも意味があるんだなと思わせてくれる戯曲でした。
美術に関しては後ろ向きのソファ、私もすごく面白かった。倒れているスタンドライトも主人公の心理状態を表していて、素晴らしかったです。
あとは、先ほどのさんらんさんと同じなんですけど、劇場の余白をどう埋めるかという部分で、台所と玄関の表現は、もう一工夫できそうな感じはしました。
【永滝陽子】
終のすみかさん、お疲れさまでした。社会人になってすぐなのかな、という男女の話だったり、お付き合いしてるパートナーとのお話だったり、お仕事始めたばかりで、その仕事場での葛藤、といったような、ストーリーとしての設定はあったかと思うのですが、私はそれ以上に、日常にあるため息とか、考え事したり落ち込んだり、夜眠れなくて朝を迎えた時のしんどさとか、そういうとても日常的な息遣いというか、生活の中にある特別ではない風景がとても丁寧に描かれていて、そうしたトーンに引き込まれて観ていました。
コンクールへの申請書類を拝見して、普段カフェとかで上演なさる機会が多く、客席とアクティングエリアの境界線みたいなことをすごく気にされているというようなコメントがありました。でも今回、客席と舞台がとても馴染んで溶け合っていって、息をのんで二人の登場人物を見守る空気感ができていて、私はそこに大変魅力を感じました。
瀬戸山さんもおっしゃっていましたが、最初に台本を読んだ時は、登場人物のA(ヒメノ)とB(カワムラ)は、両方男性なのかなと思っていました。でも実際に舞台を観たら、男性と女性かな?でも女性かなと思われる設定の方も自分のことを「俺」と言っていたりして、その辺りの性別の設定は、本当のところはどうだったのか、あとで聞いてみたいなとも思いました。
とても想像力が膨らむ、見る側に余白を残す演出で、演劇の良さがすごく感じられる作品だったんじゃないかと思いました。
【徳永京子】
他の審査員の方と同じで、まず、戯曲が面白かったです。私はこの言葉はあまり好きじゃないんですけど、前振りと回収が本当に巧みなんです。いろんな問いと答えが、何種類もの時間差で細やかに張り巡らされていて、それが嫌味なく、効果を持って後から効いてくるという感じで、お見事でした。ひとつ欠点を挙げるとしたら、まとまりすぎていること、上手すぎることと言いたいくらい。
ふたりの登場人物の距離感の変化とともに、それぞれの内面が紐解かれていく。さらに、だんだんふたりが魅力的に見えてくる。武田(知久)さん演じるヒメノ(A)くんがモテる理由がすごくよくわかってきたりですね。見た目がすごくイケメンというわけじゃないんだけれど、武田さんの、受けでありながら相手を引っ張っていく演じ方が、そのままヒメノくんというキャラクターと重なって、なるほどこの人はモテますよね、と納得させられました。この静かな人に、彼女が同棲半年で5回も家出するほど激しく思いを募らせてしまうような何かがあるんだなと想像を膨らませられて面白かったです。
応募作品もそうだったんですが、おそらく終のすみかさん、というか作・演出の坂本さんがそうなのかな?は、今の若い世代が置かれている労働環境といったことに強い問題意識をお持ちだと思うんですよね。それを説教臭くなく、ときに前景化し、ときに後景化し、うまく人物の中に織り込んだことで、違う世代でも受け取りやすい作品になったと思います。
【井手茂太】
お疲れさまでした。私も皆さんがおっしゃる通りで、本当に大変楽しく拝見させてもらいました。先ほど瀬戸山さんがおっしゃったように、もう少し照明とかで部屋の中のアクティングエリアを区切ったり、セットを組めというわけじゃないんですけど、舞台ならではの工夫はされてもいいのかなというのが一つ。あと個人的には、もう少し照明が明るいと表情がもう少し見えたかな。ソファの配置とかはすごく素敵で、センス抜群だし、もちろん夜中という設定だけど、もう少しだけ、嘘でもどこか明るい場所があってもいいんじゃないかと個人的には思いました。ありがとうございました。