※掲載の文章は、第14回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際の講評を採録・再構成したものです。
【講評】喜劇のヒロイン『いない、いない、いないっ!』
【徳永 京子】
新宮(劇作・演出)さん、粘られましたね。ファイナリストの団体から事前に戯曲が提出されるのですが、上演が近付くと修正版が送られてくることもしばしばです。その中でも喜劇のヒロインさんの量はひときわで、細かな修正をぎりぎりまで入れていたことが伝わってきました。その粘りも、それを覚えきった俳優の皆さんも本当にお疲れ様でした。そんなプレッシャーと「上演1番目」というプレッシャーの中、観客席を笑いで沸かせていただきました。主催者側としてもそれはありがたかったです。
見えることが本当にいることなのか、見えなければいないのかということを、複層的に描いた作品でしたね。そういった哲学的なテーマと、笑いと、戦争やテロという今日的なテーマを上手く織り交ぜていて、非常に見応えのある作品でした。観ていると徐々に、舞台上で話していることだけが全てではないという、舞台の外への(物語の)広がりを確かに受け取ることができました。(元の台本から)書き直した箇所はそれに当たるもので、修正して良かったと思います。前の台本とは比べものにならないくらい素晴らしかったです。
ただ、テーマを盛り込んだ故に慌ててしまったように感じます。言いたいことすべてを最後の2回の暗転で一気に回収しようとしたと私は受け取りました。あと上演時間が5分あれば、内容に見合う深い演出や演技が見られたと思い、少し残念に思いました。
【小笠原 響】
「あったはずの存在を見ないことにしてしまう」という、今の政治のあり方の問題にも少し通じるような、人間の特に大人のずるさをついたテーマでした。
開演から続く砲声や、瓦礫を模した舞台装置など、演出はリアルな描写を避け、観客に想像を促す範囲にとどめていましたまた、舞台を劇場にしつらえ、登場人物を俳優と劇場職員と観客とすることで、演劇そのものがライブであるということを前面に打ち出し、強みにしている良い構成でした。俳優陣の言葉の受け渡しにも一定のリアリティが備わっていて、会話の面白さを楽しみました。
ただ、今ここはどこなのか、劇場ではなかったのかというラストの覆し方など、最終的なまとめに苦労されたのではないかと想像しました。上演時間40分では扱いきれないくらい多くテーマが盛り込まれていたので、ドラマをどう収拾させるのか、苦慮したのではないでしょうか。
全力で今に向き合おうとする姿勢、深刻な話題でありながらコミカルな軽妙さをバランスよく配分したセンスが良かったです。
【竹中 香子】
見えないことにされてしまう存在は、社会の中にはたくさんあると思います。今回の作品の中では、子どもという象徴的なものでした。ウクライナのマリウポリの劇場が爆破されて多くの子どもが亡くなりましたが、社会で今まさに起きている問題をさっと体で結びつけられるような抽象化された世界感の作品で、様々な想像をすることができました。それは、お互いを活かし合うことのできる俳優の、演技のクオリティからきているものだと感じました。
少し残念に感じたのは美術についてです。カメラとパンと瓦礫という象徴的なものが、背景のような使われ方だったと感じました。俳優の(演技の)レベルが本当に高かったのですが、俳優の身体に美術等で影響を与えられるようになると、良くも悪くも俳優に負荷がかかります。美術を改善することによって、俳優の身体に負荷がかかることで現在性が増し、より観客に開かれるような演技となったのではないだろうかと思います。
本当にいろいろなものを想像しました。私は『戦場のピクニック』(作:フェルナンド・アラバール)が好きなのですが、その作品のように、世界のどこかでは苦しみと喜びが共存しているというような奥深いテーマの作品でした。
【古川 日出男】
開幕する前にノリのいい音楽が流れていて、それが消えて、幕が開いて。シーンとしている中で、舞台にはパンがあって、ドーンという不穏な音がする。BGMが消えたから「ドーン」という音が効いてくる。
観客は最初からパンがあることを知っているけれど、俳優が出てきて「このパンは何ですか」とびっくりするのを目にすることで、パンがあることにもう一度びっくりさせられる。「なんなの、この(ドーンという)音」というセリフによって、改めて音が鳴っていることに気づかされる。つまり、最初に観客は全て認識していたはずなのに、もう一度舞台で起きていることと同じように驚かされ、不安にさせられます。作品の世界の中にオーディエンスの僕らは自然に引きずり込まれた、その点が素晴らしいと思いました。
台本を読んだ時点で非常に面白かったです。僕の読書経験に基づいて言うと、この中ではほぼ唯一、別役実を継承していると感じ、驚きました。徳永さんもおっしゃいましたけども、昨日審査員控室に行ったら(修正で)真っ赤になっている台本があって。僕は作家なので赤字に燃えるんですよ(笑)。でもあえて修正部分を見ずに舞台での上演を見たところ、物語の後半が大きく変わっていました。(修正された)こちらの方が良かったです。評価が大変上がりました。
俳優さんに関して言うと、最初は舞台の上で演技をしていると思っていたのが、俳優の役あるいは観客の役が明らかになって、ここが初めて劇場として立ち上がってきた後に、「ここはどこの劇場なのか?」「ここは本当に劇場なのか?」「(俳優は舞台上の世界に存在して)いるのか?いないのか?」と思わされました。良かったです。
【山本 貴愛】
一見噛み合わないキャラクター設定の台詞なのですが、すいすいと読めて、修正前の台本の段階でもとても面白かったです。実際に昨日鑑賞し、仕込みの物量が少ないゆえの、空白をあえて活かした演出が、まさに演劇として見ている意味があると感じさせるような上演でした。
舞台美術が最後の最後で何なのか判明しますが、私も竹中さんと同様の意見で、ずっと背景のように見えていたのが勿体なかった。美術やパンの置き方など、ビジュアル面を改善したらより面白くなると思いました。また、テクニカルの面では、ドーンという音が途中までセリフの邪魔になっていました。改善すればより良い公演になると思います。楽しく拝見しました。