せんがわ劇場 芸術監督就任
せんがわ劇場の芸術監督就任にあたって
演出家 小笠原 響
せんがわ劇場は収容定員が121席の小さい劇場です。
様々なメディアが氾濫し、オンラインショップやデリバリーも浸透した今、ご家庭に居ながらほとんどの用事がこと足りてしまう時代になりました。人付き合いは最小限で済みますし、淋しい気持ちはSNSに投稿すれば“いいね”がもらえます。外出先でもスマートフォンがあれば人に頼る必要はありません。どこでも動画が楽しめますし…便利な世の中になりました。こんな時代に“小さい劇場”に足を運ぶ意味はどこにあるのでしょう。
新型コロナウイルスの感染拡大は、人が集まることで成り立つ劇場にとって致命的なものでした。せんがわ劇場でも感染対策を徹底し、客席数を半分以下にしてなんとか事業を継続してきましたが、観客は途絶えることがありませんでした。収束宣言以降、観客動員数はむしろ上昇傾向にあります。人が集まって手間をかけてモノを創り出す場所。その歓びを分かち合える場所として、小さい劇場の価値が見直されてきているように感じます。
大学卒業を数年先に控え、将来の仕事を決めあぐねていた私が、演出家になろうと決心したのも、小さい劇場で裏方の手伝いをしたのがきっかけでした。以降私は、俳優座、文学座といった大劇団でプロの仕事を目の当たりにしながら、同時に小さい劇場で演出の機会を増やしてきました。演出家として一本立ちするために不可欠だったのは、若い頃に体験したプロの現場と、演出を実践し自分を試す“小さい劇場”の存在でした。この二つが無ければ今の私は無かったでしょう。
せんがわ劇場は収容定員が121席の小さい劇場です。
外観はコンクリート打ちっ放しの壁に囲まれた一見無機質に感じられる建物ですが、光の教会や瀬戸内国際芸術祭が開催される直島の地中美術館など、建築アートを牽引し続ける世界的建築家、安藤忠雄氏の設計によるものです。建物の内部は固い外観とはうって変わって、若き舞台アーティストを中心に自由で新しい発想をふんだんに盛り込んだステージが展開され、2008年の開館以来、多くの新進芸術家を生み出してきました。
この度、この調布市せんがわ劇場で、芸術監督の任を賜ることとなりました。私が演劇界で積み上げてきた経験と、せんがわ劇場が調布市で積み上げてきた実績との出会いです。
劇場の価値が問われる中、せんがわ劇場はこの出会いを起点にして、新たなステージへ向かいます。そこで就任に際しまして芸術監督が目指す3つの展望をお示しします。
1.「創る歓びに溢れ、心に残る優れた舞台芸術を生み出す劇場」
芸術監督が演出を担当し、演劇界の第一線で活躍するキャスト・スタッフを招聘して行う公演を上演します。せんがわ劇場は小さい故にごまかしが効かない、演者の息遣いまで伝わる濃密な時間を創り出すことが可能な劇場です。ここに技術と経験は勿論のこと、演劇の楽しさをとことん知り尽くした強者たちを選りすぐり、新進気鋭の若手も加えた布陣で演劇界に一石を投じる作品を創ります。選りすぐりの新鮮素材と熟練の技が出会って生まれる絶品料理を小さなお店で味わえる…そんな贅沢空間をイメージし、調布市内外を問わず、一人でも多くのお客様に来て頂ける劇場を目指します。
2.「出会いと刺激に溢れ、成長を生み出す劇場」
今年で14回目を迎える「せんがわ劇場演劇コンクール」は全国から集まった個性豊かで才能溢れる劇団が、審査を通じて観客と共に成長するコンクールへと進化しており、今後もブラッシュアップを重ねて発展し続けます。また芸術監督公演の創作現場では監督が招聘したキャスト・スタッフとせんがわ劇場で育った若手演出家や俳優との協働や交流の場ともなり、次世代を担う実演家の更なる飛躍を後押しします。
3.「心と心をつなぐ力に溢れ、地域に活力を生み出す劇場」
格差や孤立化が叫ばれる今、人と人、人と社会をつなぐアイテムとして、演劇の力が見直され始めています。そんな中、演劇コンクール出身者からなるDEL(デル)が展開する演劇アウトリーチ(市内の学校や施設に出向いて、演劇的手法を使ったコミュニケーショ啓発事業)は全国から評価され、注目されています。近隣商店街や大学との連携事業も含め、地域の活性化に貢献する劇場を目指します。
せんがわ劇場は収容定員が121席の小さい劇場です。
3つの展望の中に「溢れ」が入っているのは、「小さくても、溢れる才能と熱意を湛えた劇場」を目指すからです。そして「小さいからこそ優れた作品を生み、成長を生み、活力を生み出す劇場」を目指します。
調布市の東の片隅で新たに動き出したせんがわ劇場を、調布市の皆様に、そして全国の皆様に、もっともっと可愛がっていただけるよう、最善を尽くします。
プロフィール
〇芸術監督
小笠原 響(おがさわら きょう/Ogasawara Kyo)
劇団俳優座、文学座、木山事務所、「子供のためのシェイクスピア」などで舞台監督・演出助手として多くの演出家と現場を共にし、演出の研鑽を積む。その後フリーの演出家として数多くの舞台公演を演出。2018年、読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。その後日本芸術文化振興会演劇分野プログラムオフィサーを務めた経験から、近年は劇場を拠点とした演劇事業にも関わり、地域の演劇振興に貢献。2024年、再度読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。 主な演出作品 『慈善家-フィランスロピスト』『屠殺人ブッチャー』『ベルリンの東』(名取事務所)、『善人たち』(劇団民藝)、『ジン・ゲーム』(加藤健一事務所)、『聖なる炎』(俳優座劇場プロデュース)、『正義の人びと』(劇団俳優座)、『The Weir-堰-』(劇団昴)、『拝啓、衆議院議長様』(P カンパニー)、千葉市民創作ミュージカル『千年天女』ほか。 |
〇演劇ディレクターチーム
チーフディレクター
佐川 大輔(さがわ だいすけ/Sagawa Daisuke)
演出家・俳優。THEATRE MOMENTS主宰。調布市せんがわ劇場演劇ディレクターチーム・チーフディレクター。 一般社団法人日本演出者協会・国際部部長。 劇団俳優座養成所卒業後、フランス、ロシアなど海外の演出家に師事。劇団では「日本発信のワールドスタンダード演劇」を標榜し、全公演の脚色、演出を行う。近年は、中国やマレーシアなどにも招聘され、国際派劇団として活動する。第4回せんがわ劇場演劇コンクールにてグランプリ、オーディエンス賞、演出賞、札幌劇場祭2022にて優秀作品賞を受賞。また、調布市内の小中学校や市民を対象としたワークショップ講師や、不登校特例校はしうち教室では表現科アドバイザーも務める。 |
ディレクター
柏木 俊彦(かしわぎ としひこ/Kashiwagi Toshihiko)
演出家・俳優。木野花ドラマスタジオ出身。第0楽章では代表と演出を担う。調布市せんがわ劇場演劇ディレクターチーム・ディレクター。 かなっくホール レジデントアーティスト。国際演劇協会(ITI)日本センター「ワールド・シアター・ラボ」ディレクター。日韓演劇交流センター 事務局次長。一般社団法人日本演出者協会 理事・副事務局長。 近年は、地域/海外のアートプロジェクトの企画運営や教育機関/福祉施設でのワークショップ活動など多岐に渡り活動。日本演出者協会「若手演出家コンクール2011」優秀賞。京都舞台芸術協会プロデュース2012「演出家コンペティション」最優秀選出。 |
ディレクター
桒原 秀一(くわはら しゅういち/Kuwahara Shuichi)
演出家・劇作家。2009年にJAPLINを旗揚げ。調布市せんがわ劇場演劇ディレクターチーム・ディレクター。 第4回せんがわ劇場演劇コンクールを経て、調布市せんがわ劇場演劇ディレクターに就任。都内各所にてストレート演劇からミュージカルまで幅広く演出を行う。主な演出作品として『クリスマスがちかづくと』(2021年/公益財団法人調布市・文化コミュニティ振興財団)、『海と夢と小さな秘密』(2023年/JAPLIN)。また、都内各所で演劇ワークショップのファシリテーターや一般社団法人日本演出者協会・広報部部長として活動。 |
ディレクター
櫻井 拓見(さくらい たくみ/Sakurai Takumi)
演出家・劇作家・俳優。chon-muop主宰。調布市せんがわ劇場演劇ディレクターチーム・ディレクター。 主な演出作品に『銀河鉄道のよる』(2019年/公益財団法人調布市文化・コミュニティ振興財団)、移動型演劇『ニュータウンと、あるく。』(2021年/多摩市)など。 また、絵本を使ったワークショップ集団「えぽんず」や公共劇場・教育機関でのワークショップ講師・ファシリテーター業のほか、国際演劇協会(ITI)日本センターでの企画制作業など、活動は多岐にわたる。 |
〇外部アドバイザー
徳永 京子(とくなが きょうこ/Tokunaga Kyoko)
演劇ジャーナリスト。雑誌、ウェブ、公演パンフレットを中心にインタビュー、作品解説、朝日新聞首都圏版に劇評を執筆。ローソンチケット演劇専門サイト『演劇最強論-ing』企画・監修・執筆。act guide(東京ニュース通信社)にて「俳優の中」連載中。東京芸術劇場企画運営委員。読売演劇大賞選考委員。緊急事態舞台芸術ネットワーク理事。著書に『我らに光を──さいたまゴールド・シアター 蜷川幸雄と高齢者俳優41人の挑戦』、『演劇最強論』(藤原ちからと共著)、『「演劇の街」をつくった男──本多一夫と下北沢』。 |
芸術監督インタビュー
芸術監督という仕事は初めてですから...入学を4月に控えた新入生みたいな気持ちです。舞台の裏方をしながら演出の勉強をしてきて、やっと認められるようになった遅咲きの演出家です。演出のスタイルも俳優の力を重視したオーソドックスなものですが、地味ながら“伝わる演劇”を目指してきました。裏方で60本、演出家として90本以上の公演と関わってきました。その殆どが小劇場の公演です。この経験が、せんがわ劇場の新たなステージを生み出す役に立ってくれればと思っています。
若い芸術家が集まって新しい演劇をアグレッシブに模索している劇場だなと。建物は安藤忠雄氏のデザインでカッチリしてますけど、中身は千変万化する自由度の高い劇場ですね。
はい。5歳の時に都内から埼玉に引っ越しました。そこで通った幼稚園が“新しき村“に暮らす村民の子供を対象に自主運営されていた”新しき村なかよし幼稚園“です。村外からの園児も受け入れていて、私が暮らす団地からも数名通っていました。園児10名ほどの小さな幼稚園で。実篤氏も御存命の時期で卒業証書には「園長武者小路実篤」と記されています。田畑に囲まれたのどかな丘の麓に建つ園舎の隣には廃車となった路面電車が置かれていて、吊革にぶら下がったり、電車ごっこをしたり...。村の入口には「この門に入るものは自己と他人の生命を尊重しなければならない」と記した門柱が立っています。
せんがわ劇場とは4年間、スーパーバイザー、監修という立場でお付き合いしてきました。せんがわ劇場は開館以来、演者の息遣いまで伝わってくる小劇場でしか味わえない空間の利点を生かし、自由で新しい表現を発信する場として、多くの新進芸術家を生み出しています。年末に上演される「親と子のクリスマス・メルヘン」は年を追うごとに注目度を増し、ここ数年はチケット完売の盛況ぶりです。また今年で14回目を迎える「せんがわ劇場演劇コンクール」では全国から将来有望な劇団が集まり、若手演劇人の登竜門となっています。近隣商店街や大学との連携事業も盛り込まれ、特に演劇コンクール出身者からなるDEL(デル)が展開する演劇アウトリーチ(市内の学校や施設に出向いて、演劇的手法を使ったコミュニケーショ啓発事業)は、いま全国から評価され、注目されています。
これから始まるせんがわ劇場の新体制は、母体となる劇場スタッフと演劇コンクール出身者からなる運営チームと、演劇界で実績を積み上げてきた芸術監督とが、三位一体となって事業を展開するものです。せんがわ劇場がこれまで育んできた人材を生かしながら、劇場事業をもう一段上のステージへステップアップさせることが新体制の主眼です。1年目の今年は、私が企画演出し、第一線で活躍する実力派の俳優陣とスタッフを集めて、市内市外を問わずせんがわ劇場に注目が集まる味わい深い演劇作品を創作する予定です。ここから5年かけて、徐々に演劇コンクール出身者とのコラボレーションの度合いを深めていき、実力派の俳優・スタッフと新進気鋭のアーティストたちが、お互いに刺激を受け合う現場を創っていきたいです。成長の場であり続ける刺激ある現場が優れた作品を生み、それが観客の皆様にもしっかりと伝わる劇場を目指します。また今までせんがわ劇場が培ってきた演劇コンクール、地域との連携事業やアウトリーチ活動も新体制の中でブラッシュアップを重ね、市民の皆さんと共に、常に進化し続ける劇場を目指します。
まずはオーソドックスな味わい深い作品を、実力派と新進気鋭の人材を取り混ぜたキャスティングで上演します。せんがわ劇場で今まであまりやっていないものをやろうと思って。演劇の本場イギリスで100年以上前に上演された本格王道演劇を新翻訳して、贅沢な小劇場空間を創り出します。100年前の戯曲で現代を照射する作品にどう仕上げるか...そこが難関でもあり、だからこそ見どころでもあります。
Q 好きな食べ物はなんですか?
春野菜はほのかな、苦味があって好きです。今、菜の花にオリーブオイルと塩を振って軽くグリルした簡単料理にハマってます。
Q 好きな色はなんですか?
藍色が好きですね。それと最近は表が黒で裏地に赤をさりげなく使った小物を使い始めました。
Q 苦手なことはなんですか?
若い頃は知らない人と接するのが苦手でした。いわゆる人見知りだったのですが、演劇の仕事をするようになって、人とモノを創ることが楽しくなってきて。今は出会いが宝物と思えるようになりました。
Q 休みの日はなにをしていますか?
家でじっとしてられなくて。知らない場所を歩くのがとにかく好きです。
Q もう1度人生で行きたいところ(国内・海外)はありますか?
うーん、行きたいところばかりで。もう1度と言われると、国内だったら長崎かな。昨年、遠藤周作の『善人たち』を演出した時、取材で訪れました。海外交易と隠れキリシタン、そして原爆...。日本の歴史の明暗が詰まっていて、文化も多様。五島列島には行けなかったので次はぜひと思っています。
海外はカナダかな。カナダの作品をたくさん演出してきました。カナダは移民が多く多様性に富んだ国。モントリオールやトロントは仕事で行きましたけど、もっと知りたいです。アイルランドももう一度。
Q 最後に調布市の市民のみなさんに一言お願いします。
様々な国の様々な時代を描いた作品を演出してきました。新たな作品と出会う度に、知らない国、知らない時代に生きた人物に思いをはせ、演じる俳優の心と触れ合ってきました。演劇は人生を豊かにしてくれるかけがえのない栄養素です。そして人と人をつなぐ大切な潤滑油でもあります。舞台を通じて調布市にお住まいのみなさんにも、心の栄養と潤いがいっぱい詰まった、レアで新鮮な舞台をお届けします。ぜひ一度、お越しください! せんがわ劇場でお待ちしております。
写真 青二才晃
お知らせ
◎芸術監督公演 ★速報★
小笠原芸術監督≪演出≫×小田島創志≪新翻訳≫
『ドクターズジレンマ』
作 バーナード・ショー/ 翻訳 小田島創志 / 演出 小笠原響
出演 佐藤誓、髙山春夫、清水明彦、山口雅義、内田龍磨、佐藤滋、大井川皐月、石川湖太朗、なかじま愛子、星善之
日程 2024年10月18日(金)~27日(日)
会場 @せんがわ劇場
発売日 会員/9月3日(火) 一般/9月10日(火)
本件に関するお問合せ・取材の申込についてはせんがわ劇場制作係までご連絡ください。
芸術振興事業課 せんがわ劇場制作係
Tel 03-3300-0611 Fax 03-3300-0614
mail sgekijou@chofu-culture-community.org