
第16回せんがわ劇場演劇コンクール【講評/受賞者コメント】人間の条件



演出家賞(ZR)受賞
専門審査員講評
[専門審査員]
笠木 泉(劇作家・演出家・俳優)
佐藤 滋(俳優)
ひびの こづえ(コスチューム・アーティスト)
徳永 京子(演劇ジャーナリスト/演劇コンクール企画監修)
小笠原 響(演出家/せんがわ劇場芸術監督)

※掲載の文章は、第16回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際の講評を採録・再構成したものです。
【佐藤 滋】
はじまってすぐに、ミザンス(舞台上の配置)の美しさに圧倒されました。格好良かったです。また、三人の俳優それぞれの力量と魅力にも圧倒されました。
舞台の使い方はとてもシンプルですが、物足りなさは全く感じませんでした。音楽の使い方も私はとても好きでした。Uber Eatsとマッチングアプリの場面でどうしても笑ってしまって、というより「笑わされて」しまって、笑わされてしまった後に、自分自身へ何かが跳ね返ってくる感覚がある。その「痛い」感覚は、この先もずっと忘れないだろうと思います。
そして、太郎役の樽見さんの身体には圧倒的な説得力がありました。最初は頑なで力強い人物として登場しますが、物語が進むにつれて、だんだん愛らしく見えてきました。最後には登場人物三人全員が、とても愛おしい存在になっていました。とにかく格好良かったです。
【ひびの こづえ】
空間の三方を白く囲んだ舞台美術は、コンクールという条件を考えても、とてもコンパクトで、他の作品との違いが際立っていました。白い空間が生み出す密度が、黒いセット以上に効果的だったと思います。
人物の衣裳のバランスも印象的でした。黒と赤い着物、黒いTシャツにミリタリー風のパンツ、そして白い服。その色彩でそれぞれのキャラクターを明快にしていて、大きな袋から出てくる洗濯物など、小道具すべてが一貫して無駄がなく、最小限の説明で緊張感を生み出していました。
戦争、虐殺、パレスチナ、イスラエル、そして障害という、とても重い問いに対して、「平凡に生きることの難しさ」をユーモアやブラックな視点で突き付けている表現が、絶妙でした。俳優の皆さんの力に、演出の細やかな機微が積み重なり、とても繊細で、美しい作品になったのだと思います。
また、この作品は、先ほどの劇団fireworksの作品と対極にあったと思います。コンクールだからこそ、二つの作品を続けて観ることができ、その違いを味わえました。改めて、演劇の面白さを実感させていただきました。
【徳永 京子】
太郎役の樽見さん、花子役の野田さん、次郎役の福田さん。この脚本には、この三人以外は考えられないと思うほど、適役でした。樽見さんの、ああいう肉体、声、表情を持つ人だからこそ、マッチングアプリのくだりで(それ以前の緊迫感から一転して)笑えたし、「中学校以来、初めてお姉さん以外の女性と話せた」というくだりに説得力があって本当に良かったです。
作品全体としては、いま心ある人たちがどれだけ考えても簡単には答えの出ない「正しさ」をめぐるループというか、思考と行動の堂々巡り、そういうことがテーマだったと思います。(行動を重んずる太郎と、理性的な花子)どちらも間違っていないからこそ、答えが出なくて煮詰まってしまう。そこへ次郎が入ってくることで一気に風通しが良くなる構成が、とても素晴らしかったです。
次郎は、生真面目な兄と姉のことをクールに眺めている存在として、「カードはお金じゃない(から、太郎のを使ってもいい)」と言い切ってしまうような軽やかさや、介錯を頼まれて道具を間違えてしまうような抜けたところも含めて、作品全体の空気を動かす存在になっていました。
この作品のポイントは、世界平和のために行動しようとしていた太郎が、福祉を受ける側へと立場を変えることですよね。誰がいつ、その立場になるのかは分からない。一方で、オセロの角はすでに権力者に取られていて、私たちは手詰まりなのかな、という怖さも感じる作品でした。
【小笠原 響】
白い三方囲みの舞台美術を選ばれたことに、勇気のある決断をされたなと感じました。俳優のわずかな間の狂いや動きの違いまで目立ちやすい、俳優にとってはとても厳しい環境だと思います。そのなかで、きっちりとした様式性のある時間や、鍛錬された台詞術、身のこなしなどをしっかり作り込むことで、Uber Eatsやマッチングアプリといった世俗性との落差を生み出していました。樽見さん、野田さん、福田さんのお三方が、40分間、一切気を緩めることなく演じ切られたことにも感服しました。
戦争による殺戮をどうすれば止められるのかという、世界が抱える大きな問題と、私たちの身近にある介護や福祉の問題とを照らし合わせながら、命をかけて向き合おうとする主人公が、(弟の)課金によって渡航費があっけなくもっていかれてしまうとか、切腹しようとして失敗し、木刀で下半身不随になってしまうなど、アイロニーに満ちた展開も秀逸。最後には兄弟が助け合いながら歩んでいく姿に、作り手の優しさ、温かさが伝わってきました。
【笠木 泉】
まず、とても面白かったです。この作品を観て最初に感じたのは、戯曲を初めて読ませていただいた時の感覚と同じく、「真正面から今を描こうとしている作品だ」ということでした。ある事象に関して、もしかしたら迂回して描こうとする人もいれば、何か違う形で描こうとする方ももちろんいると思います。
戦争(虐殺)という共通して対峙している問題との距離感がそれぞれ違う中で、どのように表現に入れ込むのかというときに、これは真正面から取り組んでいる戯曲だったと思います。その力強さとか、「おれらは、こうやるんだぜ」という強い気概が戯曲から伝わってきて、とても格好いいと思いました。
そして今日上演を観て、その戯曲の力をさらに超えてくる面白みがありました。俳優の身体、間、演出、そのすべてが加わることで、お客さんはこの40分の中で色々な気持ちにさせられたと思うのです。
最初の画像の演出で観客に真剣に向き合わせたところからのUber Eatsの場面、あの辺りからセリフが弛緩していった演出があったのかなと感じました。俳優の語り口が、はじめの固さから日常が見えるにつれてどんどんやわらかくなっていく感じの印象を受けて、楽しみを享受することと引き戻されることの絶妙なやり取りが観客と舞台上にあったような気がします。

受賞者コメント 【演出家賞】ZR(人間の条件)
―コンクールに参加してみての全体の感想や印象はいかがでしたか。
もともとこのせんがわ劇場演劇コンクールという企画が好きで、2回ほど全団体通しで拝見させてもらったのですが、その良い印象そのままというのが感想です。審査員からの講評や一般審査員とのアフターディスカッションなど、上演を上演だけで終わらせずその後に残るものを参加団体に引き渡そうという姿勢が良く見えるのがこのコンクールの素晴らしいところだと思います。劇場の皆さんやDELの皆さんも温かい雰囲気でコンクールの運営をしてくださり、参加メンバーともよく「みんな優しいね」という話をしていました。
また、本番が終わった後に限定されてはいましたが、ほかの団体とお話できるのもとても良い時間でした。このコンクールは(そのような意図で選ばれていないとは思いますが)今の時代とそれを受けて上演される演劇作品をフラットに同じ皿の上に乗せていると思います。なので、5団体を通しで見ることで浮かび上がってくる面白さがあり、それはなかなか他では得難いものです。自分の中に「今の演劇」という像をぼんやりと与えてくれることもこのコンクールの面白さだと思います。あと、高校演劇をやっていた身としては、この方式に懐かしさも感じていました。
―演出面でのこだわりを教えてください。
人間の条件は、俳優の技術というものを非常に重視しながら作品作り・団体づくりを行っています。それは、より具体的には体・読み・声・イメージの技術だと思っています。日常生活の再現を超えられる体作り、人間の生理としては不自然な言葉を成立させられる朗誦力、イメージを乗せながら明瞭に響く声、それらの非日常性に根拠を与えるようなイメージ。
語ろうと思えば非常に長くなってしまいますが、このように自分たちはプロフェッショナリズムとしてどのような技術を磨いているのか、というのをできるだけ対象化するようにしています。それは、作品の功績を演出家・劇作家が独占しがちな演劇というジャンルにおいて、俳優たちが「この作品は演出家の才能だけでなく、私たちの技術がなければ絶対に成立しない」というように自分たちの功績を明確にするための方法論でもあります。
そして、それは『葉隠入門』に出演していた福田航大さん(や、昨年のお寿司『おすしえジプト』に出演されていた南野詩恵さんのお母様)のように、舞台俳優としての修練を僕たちのようには積んでいないのに、舞台に乗ると作品を面白くしてしまう俳優に対抗する手段でもあるのです。彼と舞台を共にすることは、僕たちがこだわっている技術を相対化し、演劇の、ひいては人間が生きるということの複雑さとそれゆえの面白さを僕たちに常に思い出させることなのだと思っています。
―演出家賞受賞の感想をお聞かせください。
もともと助成金や企画への応募資料の「受賞歴」の欄に何も記入することがないというのが悔しくてコンクールに応募したというのが正直な理由なので、書けるものができたというのはとても嬉しいです。劇団員はじめ、これまで支えてきてくれた人たちにむけた、「人間の条件がやってきたことはちゃんと価値のあるものですよ」という客観的なメッセージとしても大変ありがたかったです。
上の項目で書いたように、人間の条件の演出にとって俳優の身体性・技術は不可分なものですし、スタッフワークと分離した「演出」というものはありえないので、演出家賞であってもこれは個人賞ではありえないと思っています。劇団員にそう伝えたら「いやいや、あなたが頑張ってきたからだよ」という謙遜は一切言われず、「まあ、それは当然そうだよね」という反応でしたが……。
一方で、グランプリを逃したのはなぜだろう、ということもずっと考えています。劇団fireworksさんの作品はとても素晴らしかったので、fireworksさんがグランプリを取ったことへの異論は一切なく、ただ、自分たちの作品もしっかり仕上がってはいたし、講評も好意的だったので、その差は何だったのだろう、ということです。そこは結局、作品を上演したときに起こる「マジカルさ」みたいなものの差なのかな、とも思っています。と、同時に、先輩の演出家の方から指摘された改善点もあり、自分たちの作品作りに対するシビアかつ温かなフィードバックの場として、このコンクールはとても良い機会だったなと思っています。
―コンクールに出場してよかったこと、大変だったことを教えてください。
よかったこととしては、これまでに書いたことに加えて、新しいお客さんに人間の条件を知ってもらえたことだと思います。扱っている題材や劇団名のせいか、(たぶん)全然そんなことないのに人間の条件の作劇は「重くて暗くて難しそう」みたいな印象を持たれているような気がします。コンクールのような偶然の出会いがある場で、自己紹介ができたことはよかったことだと思います。
大変だったのは、コンクールに出場して、ということではないのですが、題材のことです。ガザで起きていることは、私たち一人一人を含む、国際社会の無関心さが人間を、子供たちを殺しているということ、その中で私たちが日本で平然と生きるとは=芸術をやるとはどういうことなのか、という問いに応えること。それに対して答えは出ないと思います。しかし、その難しさに甘えて、自分は真面目な顔をして考えるフリをしているだけではないか、とも思います。その疑念は外にも向き、虐殺の後の現在、人間の命を扱う作品作りにかかわる人たちは、自分たちの命や作品とガザの現実とはどういう関係性にあると考えているのか、一人一人に問うてみたい、という気にもなります。その堂々巡りは今も続いているし、今後人生をかけて考え続けるべきことだとも思っています。
ほかに大変だったのは、お金のことと、それゆえに仕込みの日、朝のラッシュの新宿駅を、2mの垂木10本を車いすに載せて疾走せざるをえなかったことぐらいです。
―今後の活動の抱負を教えてください。
誇大妄想と思われるかもしれませんが、僕は「人類の財産になる作品作り」をやろうと思っています。現在の日本の、東京の、さらにその中のごくわずかな人に向けられた作品ではなく、人類の歴史に連なりながら、この世界を豊かにし、人々がつながっていくための作品。同時に、自分の実感を離れない作品。
そのために団体や作品を磨く場として、とにかく早いうちに海外で作品を発表したいです。自分たちの作品が言語や国境を越えて、日本の作品ではなく、人類の作品となること。そのために集団も、技術も、思想も、知識も磨いていきたいです。

