
第16回せんがわ劇場演劇コンクール【講評】世人/dasman



専門審査員講評
[専門審査員]
笠木 泉(劇作家・演出家・俳優)
佐藤 滋(俳優)
ひびの こづえ(コスチューム・アーティスト)
徳永 京子(演劇ジャーナリスト/演劇コンクール企画監修)
小笠原 響(演出家/せんがわ劇場芸術監督)

※掲載の文章は、第15回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際の講評を採録・再構成したものです。
【ひびの こづえ】
全体として、とても説明的に構成された作品という印象を受けました。戯曲を読んだときには、父親の職業の意外さがとても興味深く感じられたので、そこにもっと重点が置かれていてもよかったのではないかと思いました。
一方で、舞台上では、言葉だけが内向きにやり取りされていて、身体の存在が少し置き去りになっていたようにも感じました。もちろん俳優の皆さんは動いているのですが、もう少し身体そのものによる表現を見せてもらえたらよかったのではないかということです。
例えば、寝る場面では、舞台上にいるにもかかわらず椅子の後ろに隠れてしまったり、また、ゴーグルをつけた父親の動きや、床を拭く母親の動きも、意図的だったのかもしれませんが、私には少し不自然に映り、違和感がありました。
【徳永 京子】
「三年前に改憲があり、ドローンという形で戦争に参加できるようになった日本であろう国」という設定は、とても予見的であり、同時に現実味のある作品で、こわかったです。そのあたりを丁寧に調べ、しっかり描き込まれていることが伝わってきました。
『湯気と硝煙』というタイトルも、おそらく、ごく普通の家庭の団らんを象徴する「味噌汁の湯気」と、本来は戦場で立ちのぼるはずの「硝煙」とを重ね合わせたものなのだと思います。ただ、その「硝煙」はVR映像や父親のエピソードの中で印象的に描かれていましたが、一方で「湯気」の存在は少し弱かったように感じ、タイトルが十分に生き切らない印象がありました。
さらに言えば、父親がストレスから再び煙草を吸い始める場面がありましたが、同じ「煙」として効果的に使いたかったのではと予想したのですが、煙よりも煙草のほうが強く印象に残り、結果として目的に届かなかったようにも感じました。湯気、硝煙、そして煙草。この三つがもう少し効果的に結びつけば、作品はさらに深みを持ち、お客さんに想像させる「怖さ」がもっと違うものになったのではないかと思います。
もう一点、映像を使うこと自体はよいのですが、「舞台だからこそできる表現」を、もう少し積み重ねられると、さらに魅力的な作品になるのではないかと感じました。
【小笠原 響】
ついに、オンラインで戦争が成立してしまう。そんな時代が来るかもしれない。しかも、それは遠い未来ではなく、もう目前まで来ているのかもしれない。その恐ろしさや気味悪さが非常に伝わってくる作品でした。
マンションの「間取り図」を舞台美術にしていました。部屋の「間取り図」というものは、多くの人が新しい家庭を築くときに夢を抱くものだと思います。その空間を舞台に選んだ意図はよく伝わってきましたが、その舞台設定ゆえに、描ける世界が限定されるという制約もあって、苦労してつくられたのではないかと思いました。
お父さんの語る言葉で、「(家族というものは)頑張って成り立たせる虚構」というものがありましたが、その発言は、家庭がうまくいかなかったことから生まれたものなのか、あるいは、日々ドローンによる殺戮に関わり続けてきたことによるものなのか。そこが明確になっているとよかったと思います。
また、物語は娘の視点を中心に進んでいきますが、国家や社会のゆがみ、さらには科学技術が誤った方向へ進歩してしまったことなど、社会的背景がもう少し見えてくると、作品全体にさらに深みが増したのではないかと感じました。
【笠木 泉】
SF作品として、「ちょっと先の未来」の話なのだろうと思いながら戯曲を読み進めつつ、実はもう、その未来は本当にすぐ手前まで来ているのではないか、あと一歩で、もしや一瞬で現実になるかもしれない、でも、その一歩は現実なのかどうかわからない……、という、ギリギリの境界を描いている作品なのだと思いました。だからこそ、「これは本当に起こり得る話なんだ」と感じながら読んでいましたし、それを舞台上でどのように描かれるのか、すごく興味を持って拝見しました。
娘が「星が好き」と話す場面で、背景に星空の映像が映し出されて、それがドローンからの映像へとつながっていく。ドローンという存在によって人間の視点が変わったこと、これまでのカメラでは得られなかった鳥瞰の視点が現実的に舞台上にも持ち込まれていたことは、おもしろい試みだと思いました。
もう一つ興味深かったのは、音の使い方です。ドアを開ける音やノックの音、物を置く音など、それぞれの音量が微妙に違うように思い、気になりました。その音量の差に何か意味が込められていたのか、なぜそうしたのか。その演出的意味について知りたいと強く思いました。
【佐藤 滋】
井上さん演じる娘の冒頭の語りが、とても優しくて、好きでした。皆さんもおっしゃっていましたが、この作品で描かれている世界が、本当にすぐそこまで来ている現実なのかもしれないということ、ゲームのような感覚で目の前に現れることが、本当に恐ろしいと思いました。
床の線は俳優の動きを制限してしまう側面があったと思います。もう少し線の数を減らすか、象徴的なものでもよかったのかな、と。
物語は娘の回想を中心に進みますが、途中で語られるお父さんの葛藤についても、私はもっと深く知りたいと思いました。特に「殺すのなら、素手で殺したかった」という言葉に強さがあったのですが、そこで終わってしまったことが残念でした。
それから、お母さんの語りがあってもよかったのではないかと思いました。もしかしたら、お母さんが抱えているものが観客には一番届くものだったのかもしれないと思います。
